昭和41年01月30日 朝の御理解



 (末尾一部切れ)
 信心が分かって行くと言うか、信心を頂くと言うか、信心が分かっていったら、その生活態度というものが、段々変わってこなければ、信心を分かって行きよる。信心を頂いて行きよるということは言えないと思う。ただお参りをして、様々な難儀な問題をお取次ぎを頂いて、お願いをするということだけの信心から、必ず願い捨てではない、帰りは神様のそのご返事を下さるように、御教えを下さる。
 ですから、それを頂いて帰る。頂いて帰るから生活の態度と言うものが変わってくる。いわゆる物事に処ますところの姿勢も変わってくる。物の見方、考え方が変わってくるのじゃ。段々、お参りをさして頂いておかげを頂いて行くと、なるほど神様は、こう言う様な事の中にも、こう言う様な、微妙なお働きを下さっておるんだなと、いうことを段々自分の、体で心で感じるようになるでしょうが。神様のお働きを、ただそれを感じれるようにならなければならなん。おかげを頂かなければならん。ね。
 昨日、北野の秋山カズエさんが朝の御祈念にお参りしてみえて、この頃から足に火傷をした。大分ひどいらしい。段々おかげを頂いておるですけれども、そのう、その為にお仕事が出来ません。休んでおる。休んでおられたんでいろいろとその考えたんです。どう言う様な事でこんな、あぁその熱い思いをしたり、痛い思いをして、仕事までこういうこう出来ん様な、こげんなったんだろうかと。というふうに自分の心の上に詮索を始めた。そしてから昨日、一昨日、ね。
 昨日の言葉、昨日ですから、一昨日。ふっと気付かせて頂いた。それはとてもとても、どこにお粗末があったじゃろうか、ご無礼があったじゃろうか、どこを神様が分かれと言いござるじゃろうかと言う段じゃない。そのどこが悪か、どんなというところ、どこを分かれと言うておられるじゃろうかと、いうことを思う事その事が、慢心だと気付かせて頂いた。はぁ素晴らしいねと私は、思わず申しました。そうなんだ。神様どこを分かれと言いござるか分からんかと言った様な事をよく言います。
 また自分でも神様がどこを分かれと言いよりなさるじゃろうか。こういう難儀があるのだけれど、ね、これは神様が何を分かれと言うておいでになるのかと。それを神の声として聞かせて貰わんならんということも、勿論だけれども、そういう例えば、事を思うということは慢心だと、と言うほどに、私はお粗末ご無礼者であるということが、いわゆる自分自身が本当に分かってきたということ。
 信心の薄い間は、信心をただ「おかげおかげ」と言うておる時代はです。分からなかったけれども、段々信心が分からして頂くようになったら、自分と言うものがいよいよ分かって来た。もうとてもお詫びより他にはないと、言った様な事を言うておられます。確かにそうですね。もうほんとにどこを私は、もう分からない事ばっかり、自分でも気が付いておるんじゃ。もうこういうことできる事よう分かっとるとじゃ。ね。それを「どこが改めてどこが悪かったじゃろうか。
 先生どこが私は改まったらいいじゃろうか」ちゅうて、いうならもうどこでんじゃん、と言うほどにです。分かった時にそういう、思う事その事が慢心だと気付いたとこう言う。「そしたら、先生気持ちがほんとに、先生スッキリいたしました」今朝、朝の御祈念にお参りする事がでけた。同時に、私が休みに就かせて、頂いてからこの方というものは、主人が必ず朝の御祈念にお参りしてくれるようになりまして、これをほんとに、そのおかげでございますというてからお礼を言うておられます。
 昨日、久しぶりで熊本の隈庄(くまのしょう)の吉田先生が見えられまして、まぁ色々お話さして頂いてから、「先生、ほんとにもう広大なおかげを頂いております」と、「椛目がこうやって疎遠になっておりますけれども、いつも私の側には、椛目の先生がお出でて頂いて、それで色々とまあ、お指図を下さいます」もちろん、御結界のこの御神米の、この折れるあの箱の中に、箱の中に私の写真を貼って、もういつも、まぁお取次ぎを頂いてからしておると言う様な意味の事を話しておられます中にですね
 丁度、去年があちらの記念祭であった。記念祭を仕える三日前の事でございました。お夢の中に私が、私、吉田先生がこの、図体が大きいけれども、そのまぁ10歳か10何歳ぐらいな子供が着るぐらいの短い、昔あの、絣(かすり)のキッポと言うですかね。絣の着物を着ておる。足の下からこう出ておる。そして、私がその、奴凧を上げておる。ね。ところがその奴凧がですね、クルクルクルクル回ってから今にも落ちそうになった時に、この私です。椛目の先生が見えられてから、しかも一本歯履いて見えられた。
 そして、両方の足をもう嫌というほど踏まれた。もうモヤモヤしてからもう叩き返すごと腹が立ったけれども、おかげでスーッと奴凧が上に上がって、気持ち良くその凧が上がったというところを頂いた。「はぁ今度の記念祭にはおかげを頂くなと、椛目の先生のお祈りを頂いておるな」と思て、そういう気持ちで、お祭りを仕えさして頂きましたが、お祭りもさることながら、お祭りを境に、丁度去年の4倍お参りがあるようになっておりますと。朝の御祈念なんかに。そういうお届けをしとります。
 それから先生もう一つ、ほんとにこれは申し訳になりませんことが。もうほんと私、親教会が甘木ですけれども、もう親にでも、甘木、甘木の親先生にであろうがです、もうこれだけはお届けはできないということを先生です、聞いて下さった。実は先生もうそれで私の一家が、私がもうほんとに悩みぬいとります。どうぞここんところをおかげ頂かな取次者としてのです、おかげを頂く為に、おかげにはならんとは思うけれども、それが、もうこれが吉田の家のめぐりじゃろうかと思うくらいに。
 そのう、しこりをですかね、私の家にそれが覆い被さるように、そうした難儀があるとこう言う。ところがやはり、あらそのお夢に、私がその後ろ手に羽織の紐でくくられておる。ところが色々とその、名前が出て来ておりますけれどもはばかりますから申しませんですけれども、それが誰々がきびって、くくっておる。ある所の先生が。ね。どうもにも身動きがとれない、自分じゃどうにもできないということ。そしたら、椛目の先生が見えられてから、後ろを向いてこんな大きなマサカリを持って見えた。
 そして、その私のこの腕もろとも、それを切って下さったところをお知らせを頂いた。はぁ痛かったろう。前さんやってこうやって、前の方ばこうやって、でられたなら、手が出て来たというそのお知らせ。それっきり私の心の中にです。さしもの、いわばそういう心がです。もう全然動かなくなったと、言うて言うておられます。もうほんとに、あの、なんか憑き物が落ちたような、私の心からそのおかげを頂いております。もうほんとにお礼を申し上げなきゃ、と言うて、その事をお礼言うておられたんです。
 私、そのお取次をさして頂いとりましたら、私の心眼にですね、 あの「すぼ巻きかまぼこ」と言うのがあるでしょう。すぼ巻き、ね、すぼで巻いたかまぼこですよ。ははぁ成程なぁと私は思たんです。ね。昔、遊びでなんかが喧嘩致しますとです。あの昆布巻きにしてから、投げたり、あの水、投げ込まれたり致しますね。あの、芸妓屋のあの与三郎なんかがそうでしたね。
 で不義密通したのを見つけられてから、ある日その皆その子分達からす巻きされて、けれども吹っかけられた、焼酎がそのおかげの元になって、とか元気になってその、娑婆に出て来るというその事なんです。ほんと言うたらですね、吉田先生なんかがとてもほんな事が、もうすぼ巻き、すぼ巻きにしてね、川に投げ込まれたっちゃ仕方のないほどの、のお粗末ご無礼をやって来とるちゅう事ですよ。ね。
 ところが、お取次のおかげで、信心のおかげでです。その時、すぼ巻き蒲鉾の様な、私それでその事を聞いてから申しました。ほんなこっちゃあるのと私は申しました。「もう先生本当におかげを頂いとります」とこう言う。また失敗するよと、失敗したってかまわん、この神様はもう、「あぁすいません」とお詫びするとあの、お詫びをする事がこの神様はお好きでごたふうな感じがするもんね。神様また失敗致しました。
 そこにです。例えば、植物性とその、魚です、生臭気と植物性が一つになってこう混ぜられて、そして、それがすぼ巻きになったら、かまぼこの様な味わいが出て来るんだと。そういう味が出て来よるわけなんですね。信心のないならばです、それこそすぼ巻きにしでてもです、もう流されても切って捨てられても、仕方のないようなめぐりを持っておるんだけれども、そこに信心のおかげでもって、おかげでそれがおかげを頂きゃ尚更の事だけれどもです。
 けれどもその事がまた繰り返しを失敗致しましてもです。「神様もう本当に私自身がもう愛想が尽きました。神様相済みません」と、もう本当に屑の屑の屑の子でございますという自覚が出来て来るということ。お詫びをし抜かせて頂くということ。そこにです、それは一応はお叱りを頂くに致しましても、その詫びる姿に神様はまた、それこそかまぼこのような味わいの信心を与えて下さる事は間違いないんですね。
 これも昨日、でございました。もう二ヶ月ぐらい前に、甘木の十文字と言う所から三人連れで参って来た。その人が注射をした。息子さんが注射をしたんです。ところがその注射、そっからばい菌が入りましてですね、こっから腕は切らなければならんと医者が言うた。その時私は、本人から聞かなかったから知らなかった。あぁ甘木の御信者さんかなんかじゃろう。少しは金光様の事を分かってあるようなふうですから、甘木のあちらの方ですから、じゃろうとこう思ておった。三人とも。ね。
 それでそれこそ横に座っておる私と、と並んでおりましたからそちらでお取次ぎをさして頂いたら、それはすぐおかげを頂きますよ。とその事と他の事を色々、お取次ぎさして頂いてから、まぁあんまり簡単に私申しますようですから、あっけに取られたようにして帰られたんです。それで昨日、お礼に出て来たんですね。そして、話をしよりましたらその、私が、もう何ヶ月前に、私の母の里が十文字でございますから、私の従妹が、こういう仕事をしよりますが。
 信心は出来ませんから、あんたどんが信心をするごとあるなら、椛目にお参りに来なさい。今、合楽の方に、あのう、ご造営もありよるから、あちらにお参りしろと言うて言うておりましたが、参って来ただろうかち言うてから、言いなさる所にそこに一緒に上がって来てからあのう、今日、大久保さんて言うんです。大久保さんが今日お出でに出て見えられましたと。私はそれを聞かせて頂いてですね、ほんとにやはりあの、この注射の事は、腕を切れたんじゃない、すぐおかげを頂いておるんです。
 けれども信心が無いもんですから、もう今日まで二ヶ月間も放たらかしてあったというわけなんです。けれども、そこんところをですね、それでは、はぁそうですか、それがあの私の方の従妹でございます。というわけなんです。そんな話を聞かせて頂きながらおかげを受けて有り難いということもなんですけれども、もうどうにもこうにも出来ない一つの神様の働きの中に、その事があるということが分かるでしょうが。吉田先生とても、やはりもう何ヶ月ぶり、今度も見えておられます。
 いわゆるその親戚の導き、自分が参るなら椛目に参れと言うておったその人が、今日そこにお礼に出て来ておるということ。ね。私は今日皆さんそういう色々なお話をさして頂いたんですけれども、信心をさして頂くならです。ね。信心を頂くということは、信心、その態度というものが、変わらなければならない。なぜ変わらなければならないか、なぜ変わるか。
 神様のそう言う様なです、そう言う様なもう微に一切に渡っての働きがです、感じられるようになるからです。私ども信心の稽古をさして頂く。例えば私が、吉田先生の前に現れたと、ね、そして、一本歯の下駄を履いてその足を踏んだというそのことから思うんですけれども、確かに信心というのは、いうなら一本歯の下駄を履いて渡る。歩いておるようなもの。そういう微妙なです、特別神様の願いがかけられ、皆さんの願いがまたされる。そのお取次ぎをさして頂いた。
 そこから始まるもの、自分達の気が付かないけれども、自分達では分からないけれども、神様の働きはもう早速始まっておるんだ。それを信心が、段々分かって来れば来るほどに、神様のそうした働きを、これにキャッチしていくことが出来れる様になる。だから信心の生活態度というもの、が変わらなければおられなくなって来るわけでしょうが。いうなら、家事の炊事にでも、神様のお心を悟ろうとする意欲と言うですか、ね。
 どの様な場合にでも、いつも四神様の御教え下さります様に、信心さして頂いたら夢でも、あだに愚かにゃ皆んな。寝ておってもそれである。子供の泣き声を聞いても、流行歌の文句を聞いても、神が物言うて聞かせる事があるからようく心して聞いておけよと仰る。そういう態度なんです。私あの信心さして頂いて改まって、人間が二人変わる、見る様に変わるという、これは勿論の事なんだけれど、私その信心さして頂く者の態度というものがです、そう言う風に変わって来なければいけないと言う事なんです。
 流行歌の歌の文句の中からでもです、神が物言うて聞かせる事があるから、心を神様へ向けておれということ。ね。そういう働きというものがです、成程ありよるなということを、椛目に段々お参りさして頂きよると、お話を聞く中に、又は実際自分の上にそれを感じるでしょうが。今の大久保さんと吉田さん従妹どうし、吉田先生です。の問題だった。ただ事ではないな。その何ヶ月間の間に、神様はどのような微妙な働きの中にあって、今日こういう出会いになっておるかということが分かるでしょうが。ね。
 そういう妙なると言うか、微妙な働きの中、そういう働きが始まるんだ。信心さして頂きゃ。お取次ぎを願えば、ね、神の願いがそういうふうにしてまた現れて来るんだ、私どもの上に。そして段々私分からして頂く事は、ね、神様の姿と言うか神のおかげと言うか、自分の周囲にそれを感じるようになる。なればなるほど自分というものが分かる。自分が分かって来れば来るほどに、お詫びする以外にない私というものを分からしてもらう。どうしてこんな難儀な事になるのだろう。
 神様はどこを分かれと仰っておられんだろうと、まぁ一応思うてみてもです。本然とそこに気付かせて頂いた事は秋山さん。ね。もうどこがお粗末だからご無礼よるか、どこが分かれと仰る、もうそげな事じゃなか。もうそういう思いこそが慢心だと、改まれと仰りゃもう、どこもここも改まらんならん。ここを分かれと仰りゃもうそこもここも分からん事ばっかりなんだ。ね。本当にお詫びする以外にはないと、そこに切実なお詫びが出来た所からです、自分の心の上におかげを頂いておられますようにです。ね。
 そういうふうな私はこの生活態度、先程も申しましたように、ね、ほんとに確かにこの神様はですね、もう四代金光様が、去年の元旦に、御理解下さっておりますように、「実意を込めて全てを大切に」と。と言った様な事も全てだとこう思うのです。実意を込めてもう全て、自分の周囲の全てを大切に。この神様はそういう全てを、実意を込めて全てを大切にさして頂きよりますと、頂く程にです。
 もうお詫びせねばならない事の多いのに驚くほどです。確かにこの神様は、もう実意丁寧お詫びをしておる姿に、神様、そりゃあ私共がお礼を申し上げておるということも、そりゃ神様喜んで下さるでしょうけれどもね、そりゃもっと喜んで下さるでしょうけれどもね。信心の喜びに浸らせて頂いておるのですから、ね、けれども、それと同等に神様が喜んで下さる。ね。
 まぁ私共にと申しましょうか、私共と一体となって下さるとでも申しましょうか。私共がほんとに「神様すみません」とこう、もう本気で詫びておる姿、いわゆる実意丁寧の姿ってそんなもんじゃないかと私は思うんです。ね。もう詫びる事だらけの私、そこを謙虚に私どもがです、一つ一つ分からしてもらい、お詫びさして頂いて、いわゆる実意丁寧、丁寧な、生活態度というものがです、できてこなければならん。信心を頂くということ、信心が分かるということ。
 分かれば分かるほどその生活態度というものが、ただ今申しましたような意味合いにおいてです、変わってかなければならない。どのような些細な事にでも、それを見逃す事のない一本歯の下駄を履いておるような思い。そこに喜び、そこに楽しみを感じさせてもらい、神様との交流がそこから始まるようなおかげを頂いたら、凡夫私どもには一番早道のように思う。まず私ど
  (5秒間録音不良)
 信心がまだ分かってない証拠、いわゆる自分が分かってない証拠。どうぞ一つ、自分をいよいよ分からして頂く。ね。分からせて頂けば頂くほど、実意丁寧に実はならなければおられんのが、私は信心じゃないのだろうかとこう思うのです。
   どうぞおかげを頂きました。